親の事務所を片づけていると、必ず出てくるのが古いパソコンです。電源が入るかどうかも分からない、けれど中に何が入っているかも分からない。とりあえず物置に、と先送りにされがちなものの筆頭です。しかしこの中には、取引先の連絡先、職人の個人情報、住宅の図面といった、他人の情報が入っています。そのまま捨てれば情報が流出する危険があり、逆にすべて消してしまうと、後から必要になる書類まで失います。捨てるものと残すものの線引きをして、消すべきものは確実に消す。この記事では、その手順を整理します。
まず「消してよいもの」と「残す義務があるもの」を分ける
パソコンの中身は、性格の違う情報が混ざっています。いきなり初期化すると、保存しておくべきものまで消えます。
事業に関わる帳簿や請求書の控えには、法律で定められた保存期間があります。紙で残っていればよいのですが、会計ソフトの中にしかないという場合、パソコンを初期化した時点で失われます。
一方、取引先の名簿や職人の連絡先といった個人情報は、事業をやめた以上は保持し続ける理由がありません。むしろ持ち続けるほうが管理の責任を負います。
| データの種類 | 扱い | 理由 |
|---|---|---|
| 会計データ、請求書・領収書の控え | 取り出して保管 | 保存期間の定めがある |
| 確定申告の控え、決算書 | 取り出して保管 | 後の税務確認で必要になる |
| 引き渡した住宅の図面・仕様書 | 取り出して保管 | 不具合の相談が来る可能性がある |
| 顧客名簿、職人の連絡先 | 消去 | 持ち続ける理由がなく、流出の危険を負うだけ |
| 見積書の下書き、写真、メール | 選別して大半は消去 | 必要なものだけ残せば足りる |
取り出しは「紙かデータか」を決めてから
残すと決めたものは、パソコンから外に出します。方法はふたつあります。
ひとつは印刷して紙で保管する方法です。確実で、後から誰でも読めます。量が多くなければこれがいちばん失敗しません。
もうひとつは、外付けの記録媒体にコピーする方法です。かさばりませんが、数年後にその媒体が読めるとは限りません。会計ソフト独自の形式のままだと、ソフトがなければ開けないという事態も起きます。データで残すなら、印刷可能な一般的な形式に変換してからコピーしてください。
何を残すかの判断がつかないときは、廃業を決めたら最初にやる「棚卸し」|資産・負債・契約を1枚に書き出す手順で先に全体像を作ってから戻ってくると、迷いが減ります。
データを消すとき、ゴミ箱を空にするだけでは足りない
削除して、ゴミ箱を空にする。これで消えたつもりになる人が多いのですが、この操作では、見えなくなっただけでデータそのものは残っています。市販の復元ソフトで戻せる状態です。
確実に消すには、次のいずれかの方法をとります。
- 初期化に加えて、上書き消去を行う。パソコンの設定にある初期化機能のうち、記録内容を消去する選択肢を選びます。時間はかかりますが、機械が使える状態のまま処分できます。
- 記録装置を取り外して物理的に壊す。取り出した部品を破壊すれば、復元はできません。確実ですが、パソコン本体を売る場合は価値が下がります。
- 専門業者に依頼する。消去の証明書を発行してくれるところもあります。台数が多い、自分で作業する自信がない場合はこちらが安全です。
電源が入らないパソコンでも、記録装置が生きていればデータは読めます。壊れているから大丈夫、とは考えないでください。
顧客情報を扱っていた場合の考え方
工務店であれば、施主の氏名、住所、電話番号、時には家族構成や家の間取りまで持っています。これらは他人の情報であり、事業をやめたからといって自由に扱ってよいものではありません。
基本の考え方は単純で、使う予定がないものは、確実に消すということです。名簿を誰かに譲る、同業者に渡すといった扱いは、本人の同意なしにはできません。事業を引き継ぐ相手がいる場合でも、勝手に渡さず、まず専門家に相談してください。
紙の名簿や書類も同じです。そのまま資源ごみに出さず、細断するか、溶解処理を扱う業者に依頼してください。段ボール単位で引き取ってくれるところがあります。
事務所に残った物全般の片づけ方は親の事業の在庫処分、3つの賢い方法と注意点と廃業時の在庫・材料・工具の処分方法で扱っています。
引き渡した住宅の図面だけは、別枠で考える
工務店の廃業で判断が分かれるのが、施工した住宅の図面や仕様書です。個人情報を含む一方で、後々必要になる可能性があります。
雨漏りや不具合が起きたとき、リフォームをするとき、図面があるかないかで話の進み方が変わります。施主から問い合わせが来ることもあります。すべて消してしまうと、対応したくてもできません。
現実的なのは、引き渡した物件ぶんの図面と仕様書だけは、まとめて保管しておくという形です。可能であれば、施主本人に渡してしまうのがいちばん確実です。持ち主のもとに戻れば、こちらが管理し続ける必要もなくなります。
親の事業を引き継がずに畳む場合、この判断は子どもがすることになります。工務店廃業前にやるべき「資産棚卸し」の方法もあわせて確認しておくと、抜けが減ります。
よくある質問
- パソコンを売りたいのですが、データはどうすればよいですか。
- 売る前に上書き消去まで済ませてください。買取業者が消去に対応している場合もありますが、渡す前に自分で消しておくほうが安全です。
- 会計ソフトのデータだけ取り出せません。どうすればよいですか。
- ソフトが起動するうちに、印刷または一般的な形式での出力を試してください。それも難しい場合は、税理士やソフトの提供元に相談すると方法が見つかることがあります。
- 親が亡くなっていて、パソコンの合言葉が分かりません。
- 復旧を扱う業者に依頼すれば読み出せる場合があります。ただし費用がかかるため、中身に本当に必要なものがあるかを先に見極めてください。紙で同じ書類が残っていることもあります。
- 顧客名簿を同業の知人に渡してもよいですか。
- 本人の同意がないまま渡すことは避けてください。事業の引き継ぎに伴う場合でも扱いが変わるため、専門家に確認してから判断することをおすすめします。
まとめ
親のパソコンは、宝の山でもゴミでもなく、選別が必要な箱です。保存義務のあるもの、後で使う可能性のあるものを先に取り出し、残りは確実に消す。この順番を守れば、必要な書類を失うことも、他人の情報を流出させることもありません。
この記事は一般的な情報の整理であり、個別の事情に対する法的・税務的な助言ではありません。判断に迷う場面では、税理士・弁護士・社会保険労務士や、所轄の税務署・労働基準監督署といった公的な窓口に確認してください。
親が何十年かけて積み上げた仕事の記録は、そのすべてが要るわけでも、すべてが不要なわけでもありません。何を残すかを決めるのは、引き継ぐかどうかとは別の、もっと静かな作業です。
