工務店をたたむとき、いちばん心に引っかかるのが、これまで建てた家のことではないでしょうか。廃業すれば会社としての活動は終わりますが、建てた家はそこに建ち続け、そこには人が住んでいます。数年後に雨漏りが起きたら。設備が壊れたら。連絡先が消えていたら、施主はどこに相談すればよいのか。責任がどこまで残るのかを曖昧にしたまま畳むと、後になって親族が困ることになります。ここでは、引き渡し済みの住宅について何が残り、何を準備しておけばよいのかを整理します。
廃業しても、引き渡した家の責任が消えるわけではない
まず基本として、住宅を引き渡した側には、一定期間、構造上の主要な部分や雨水の浸入を防ぐ部分について責任を負う仕組みがあります。事業をやめたことを理由に、この責任が自動的に消えるわけではありません。
ただし、廃業の形によって扱いが変わります。個人事業として続けてきた場合と、法人を解散・清算した場合とでは、責任の残り方が違います。法人を清算して法人格そのものがなくなれば、請求の相手方がいなくなるという整理になりますが、その過程は法律上の手続きを踏む必要があります。詳しくは法人工務店の廃業(解散・清算)手続き完全ガイドを確認してください。
いずれにしても、この部分は個別の事情で結論が変わります。引き渡した棟数が多い、比較的新しい物件がある、といった場合は、畳む前に弁護士に相談しておくことを強くおすすめします。
保険に入っていたかどうかで、施主の立場が変わる
ここが実務上いちばん大きな分かれ目です。住宅を引き渡す事業者には、資力を確保するための仕組みへの加入が求められてきました。保険に加入していれば、事業者が廃業した後でも、施主が保険法人に直接請求できる場合があります。
| 状況 | 施主が取れる手段 | やっておくべきこと |
|---|---|---|
| 保険に加入していた | 保険法人へ直接請求できる場合がある | 保険の証券番号を施主に伝える |
| 供託で対応していた | 還付の手続きを取れる場合がある | 供託所と手続きを施主に伝える |
| いずれも不明 | まず記録の確認が必要 | 書類を探し、専門家に相談 |
やるべきことははっきりしています。加入していた保険の記録を探し、その情報を施主に渡すこと。これだけで、万一のときに施主が動けるかどうかが変わります。
畳む前に、施主へ何を伝えておくか
廃業の連絡は、取引先や職人だけでなく、引き渡し済みの施主にも必要です。ここを省くと、困ったときに連絡が取れず、不信だけが残ります。
伝える内容は、次の4点に絞れば十分です。
- 事業を終えること、その時期
- 加入していた保険の名称と証券番号(あれば)
- 今後の相談先として引き継いでくれる業者の連絡先(決まっていれば)
- 図面や仕様書の所在。可能であれば同封して渡す
形式ばった文面でなくてかまいません。むしろ、長く付き合ってきた相手ほど、事務的すぎない一言があるほうが伝わります。取引先や職人への伝え方は最後の挨拶回りが会社の評価を決める|取引先・職人への「畳み方の作法」にまとめています。
引き継ぎ先をどう探すか
自分が対応できなくなる以上、代わりに見てくれる先を用意できると、施主の安心感がまったく違います。
現実的な候補は次のとおりです。
付き合いのあった同業者。いちばん自然な形です。工法や仕様を理解している相手であれば、話が早く済みます。ただし相手にも都合があるため、正式に頼むのであれば早めに打診してください。
下請けに入っていた専門業者。屋根、板金、設備など、部位ごとに直接つないでおく方法です。全体を見る人はいなくなりますが、不具合の多くは部位別に発生するため、実務上は機能します。
地域の工務店団体や組合。加入していた団体があれば、相談先として案内できることがあります。脱退する前に確認しておいてください。
職人との関係をどう整理するかは、工務店廃業で最も辛い「人」の整理でも扱っています。引き継ぎの相談は、その流れの中で切り出すと角が立ちません。
親の工務店を子どもが畳む場合
親が高齢になり、子どもが手続きを進めるケースでは、引き渡し済み物件の情報がそもそも把握できていないことがほとんどです。
この場合、完璧を目指さないでください。過去数十年ぶんをすべて洗い出すのは現実的ではありません。優先順位をつけるなら、引き渡しから年数の浅い物件からです。責任が残っている可能性が高く、不具合も出やすい時期だからです。
親が元気なうちであれば、直近10年ほどの物件について、施主名と住所、連絡先だけでも聞き出して書き留めておくと、後の判断が大きく楽になります。何から手をつけるか迷ったら、工務店をたたむべきか…迷ったらどこへ?状況別の無料相談先に挙げた窓口で、状況を整理してもらうところから始めても構いません。
よくある質問
- 廃業した後に施主から連絡が来たら、対応する義務はありますか。
- 責任が残っている期間や廃業の形によって変わります。一律には言えないため、実際に連絡が来た段階で弁護士に相談してください。無視だけは避けたほうが、結果的に事態が小さく収まります。
- 保険の書類が見つかりません。
- 加入していた保険法人に問い合わせれば、記録から確認できることがあります。事業者名と所在地、おおよその引き渡し時期を伝えてください。
- 引き継いでくれる業者が見つからない場合はどうすればよいですか。
- 無理に決める必要はありません。図面と保険の情報を施主に渡しておくだけでも、施主が自分で業者を探すときの助けになります。
- 父が亡くなった後に、施主から不具合の相談が来ました。
- 相続の状況によって扱いが変わるため、自己判断で応じる前に弁護士に相談してください。相続を放棄しているかどうかでも立場が変わります。
まとめ
引き渡した家に対してできることは、廃業を決めた時点で意外と多くあります。保険の情報を探して伝える。図面を渡す。引き継ぎ先をつないでおく。どれも数日でできる作業ですが、これをやったかどうかで、数年後に施主が困るか困らないかが決まります。
この記事は一般的な情報の整理であり、個別の事情に対する法的・税務的な助言ではありません。判断に迷う場面では、税理士・弁護士・社会保険労務士や、所轄の税務署・労働基準監督署といった公的な窓口に確認してください。
会社は畳めますが、建てた家は残ります。最後にできるのは、住んでいる人が困ったときに辿れる糸を、一本だけでも残しておくことです。
